街の名称への愛着、そして大事なこと
私は少年時代、船場で過ごしたので大阪市、東区、淀屋橋、本町という名称に非常に愛着を感じます。そこには歴史とか伝統とか慣習とかが厳然と生きていて大事にされています。橋下市政はコスト削減、利潤追求というものがあからさまで、余裕がないように感じます。
一つの例に「大阪バイオサイエンス研究所」があります。この研究所も大阪市が抱えるようなものでないと閉鎖が決まりました。この研究所のルーツは適塾に行き当ります。適塾は蘭学者で医学者でもある緒方洪庵が私塾として開校し、幕末から維新にかけ政財界、医学界に大村益次郎、福沢諭吉らを輩出します。適塾にルーツのある素晴らしい研究所が閉鎖に追い込まれ、優秀な研究者の行くすえが心配されます。
一時、天王寺美術館が収納機能だけを持つ収蔵館にする話が出ていましたが、天王寺美術館は慶沢園や茶臼山と共に住友家15代当主住友吉左衛門から大阪市に無償で寄贈されたもので、その交わした覚書に美術館を建設することとなっており、やはり歴史、由緒というものがあります。これは大事にしてもらいたいものです。
悲しい文化事業の衰退
文化施設の統廃合、補助金の打ち切りは文化事業の衰退を推進する悲しい出来事です。
すでに大阪市水道局の外郭団体が運営する「水道記念館」の水族館が廃止されています。ここには淀川水系の淡水魚が展示されていたユニークな水族館で、天然記念物の「イタセンパラ」も繁殖していましたが、現在はどうなったか分かりません。
天王寺動物園も有料入場者数が年間約70万人で、もちろん赤字です。いずれ、指定管理者制度や民間委託が導入されるかもしれません。
歴史ある日本有数の吹奏楽団「大阪市音楽団」もすでに廃止・民営化され、独自の道を歩んでいます。ユネスコ無形文化遺産の人形浄瑠璃・文楽も補助金が削減され、大阪フィルハーモニー交響楽団もまたしかりです。
経営の弱いものは大事に育んで、というよりも気に入らないもの、儲からないものはすべて処分していいものでしょうか?
元・天王寺動物園園長 中川 哲男